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夏休みの宿題のお値段って [夏休み宿題狂想曲]


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 こんなニュースを見つけた。

金で解決…親も子供も宿題丸投げ 代行業者が繁盛<産経web>
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070901/kik070901000.htm

 読んでみて「うわ、愚息と私たち夫婦の40日間の苦闘(自由研究)ってこのお値段なの?」と悲観してしまいそうになったのはともかく、「そんな商売があるのだなあ」と驚いた。

 どうなんだろう。
 何らかの事情で愚息の夏休みの宿題をどうにかしなければならない状況に追い込まれたと想像してみる。想像には細やかに設定が整っているほうがノリがよくなるのだが、ひとまずおいておきひたすら追い込まれたとする。追い込まれた私がネットサーフィンしていて代行業者の広告をクリックするかどうか想像してみる。…うーん。難しいなあ。子どもの頃宿題に熱心に取り組んだとは天地がひっくり返ってもいえない私は、宿題というものに差し迫ったイメージを抱かなかった。要するに気が向かないと宿題をしないという激しく恥ずかしい子どもだったのだ。そんな私が大人になり、いかに愚息を溺愛しているからとて果たして宿題代行の誘惑に駆られるほど宿題に熱くなれるのか。

 やはり設定が大雑把なのだ。イメージが湧かない。ここはもう2、3歩踏み込んで宿題代行に手を出してしまいそうな状況を具体的に想像してみなければ。

 宿題をどうしても提出しなければならない状況というのをまず想像してみる。
 しばらく前までは共働き家庭だったので、夫婦ともに多忙で子どもの宿題を丁寧に見られないという状況なら想像可能だ。愚息の学校で課される夏休みの宿題は自由研究+テーマの決まったレポートひとつ程度といつも極端に少ないので拙宅では今まで、クオリティを度外視すればなんとかなった。うーん。想像力が貧困なのだろうか、今ひとつまだぴんとこない。
 ここで一歩大きく、妄想の世界へ足を踏み出してみた。愚息がものすごく学業優秀で夏休みの宿題でしくじると評価に大きく響くという設定はどうだろう。優秀な私の息子がピンチに(実際は真逆のベクトルでピンチである。いいんです、妄想ですから)!その時に宿題代行業者の広告が。マウスを握る手が震える…。
 やっぱり無理があるよなあ。愚息が学業優秀で云々の部分が現実的でないことは妄想なのでさておくとして、学業優秀な息子であれば夏休みの宿題くらい帳尻を合わせられるのではないか、と思うのである。学業優秀な男子はぜひそうあってほしいというのは私の願望だろうか。

 どうも私の妄想力は貧弱でいけない。宿題代行に手を出さざるを得ない状況というのが想像できない。

 別の側面から考えてみた。記事を読んでみると、小学生の宿題の例として上がっているのが算数の文章問題、読書感想文、工作や自由研究だ。長期休みなんだから家庭学習を、と学校サイドは考えているのだろうけれど、算数の文章問題ならともかく、自由研究や読書感想文を学校で習得して帰ってくる子どもがいない、つまり学校で教えていないから家庭で親は困ってしまうのではないだろうか。子どもが学校で教わらないということは、親も学校で教わったことがないにもなろう。私自身は学校で自由研究や読書感想文のノウハウを習ったことがない。高校では国語の中に「表現」の時間があり、文章作成を授業で扱っていたが、読書感想文の書き方は習わなかった。
 すったもんだの苦闘の末に「学校で習ってなくてしかも親がちんぷんかんぷんなものを子どもに教えられるかい!」とヤケを起こして宿題代行業者に依頼する。これならなんとなくイメージできそうだ。あまりにお粗末なものを子どもに持たせるに忍びないと考える親御さんもいらっしゃるのかもしれない。私などは「分からないなりにそれらしいものができればいいんじゃないの」と考えてしまうが、愛のかたちは様々だ。あり得るだろう。

 産経webの記事には「『家庭学習の習慣を身につけるという本来の趣旨に反している』と、教育関係者は批判的だ」とある。もっともだ。私も全面的に賛成である。自由研究はきちんと取り組めば教育効果の高い自宅学習になることは間違いない。今回愚息の自由研究に(旅行記や工作でお茶を濁さずに)どっぷりがっちりつきあいあたふたしてみてしみじみ感じた。愚息にとってもそうであったようだが、私も家人も自由研究を楽しんだ。しかし、ノウハウを持たない家庭が大多数であることは明らかなのにハイレベルな要求だといえないだろうか。そりゃもう大変だったもの。せめてマニュアルを作ってくれればよいのに。

 産経webの記事は「金で解決しようだなんてもってのほかだ」という論調で、その点私も貧乏な親として「そうそう、いかんよな」とちょっぴりひがみまじりの感慨を抱く。しかし、家庭学習としての自由研究や読書感想文が家庭において重要視されていないからそうなるといわんばかりの論調に、私は部分的に違和感を持つ。ここからはすこーし邪推の域に入ってしまうが、自由研究や読書感想文などの宿題は学校からも重要視されていないんじゃないか。自由研究や読書感想文はコンテストなどがあるものの、成績評価に大きく響くとは聞かない。教育する側の取り組みが課題を出すだけで放置するような宙ぶらりんな状態に見えるのでは、児童生徒の親もガッツの出しようがないようがないんじゃないか。1学期の早い段階から取り組み、自由研究のテーマや読書感想文のテーマに選ぶ本をあらかじめ児童生徒に提出させて相談にのる、そして2学期になったら児童生徒にプレゼンテーションをさせるくらいの、家庭から見て重要に感じられる取り組みがあれば、お金の使い方も代行業者ではなく例えば家庭教師に変わってくると思うけどな。自由研究や読書感想文のノウハウを子どもにしっかりと教授するには個人授業レベルの作業が必要になると私は思う。

 産経webの同記事には大学生の卒業論文の代行も取り上げられていたけれど、本当かしら。よそ様の書いた卒業論文でさらっと学位がもらえるほど大学はぐだぐだではないと思うけれど。

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